鉄道と旅 1970s
四国のSLを追って (4)C58の大坂峠越え/1969年7月28-29日 [高徳線]
◆◆◆ 7月28日 午後
7月28日の午前中,牟岐線で朝の列車たちを撮影した後,高徳線阿波大宮駅付近,大坂峠へ,峠を登るC58列車を見に行きました.高徳線,徳島線,牟岐線,いずれも平地を走る部分が多いのですが,ここだけは峠越えの坂道が続きます.
▲大坂峠を板野の方から登ってくる貨物384列車.C58 367.板野−阿波大宮.
今まで列車の中から見ていた風景を思い出しながら,今日は,ロケハンをかねて,阿波大宮付近を歩いて回りました.上の写真の,板野を出て阿波大宮に近づいた,川沿いを大きく左にカーブしながら登ってくるところは,遠くから近づく列車を見ることができるので,ここで,明日は8mmを回すことにしました.
▲阿波大宮から板野へ下る貨物387列車.C58.阿波大宮−板野.
阿波大宮から讃岐相生の方へも少し歩きました.そこにはトンネルがあって,ここから出てくるSLをねらえそうです.この貨物386列車を引くC58 333は,午前中に小松島機関区で給水や石炭を積んでいた機番です.
▲阿波大宮から讃岐相生へ下る貨物386列車.C58 333.阿波大宮−讃岐相生.
明日はできるだけたくさんのSLを見るべく,一日大坂峠で過ごすことを決心し,28日はこれで引き上げました.阿波大宮発16:42の358D列車で高松に戻りましたが,途中,上の386列車を三本松駅で追い越しました.
▲貨物386列車.C58 333.三本松駅.
◆◆◆ 7月29日
さて,次の日の早朝,高松4:37の始発531D列車で,阿波大宮駅に向かいました.高松では,SLが止まっていましたので,夜の写真を一枚...,このころはストロボなんて高価なものは持っていなかったので,これはいわゆるフラッシュ撮影です.
▲出発を待つC58 104.高松駅.
阿波大宮に着いたのが5:52.夏の空はもうすでに明るくなっています.列車時刻表とにらめっこしながら,予定のポイントへ移動します.まずは上りのSL一番列車322列車です.いわゆる夏の朝曇り,すこしもやがかかったような空気の中を,C58 110が通り過ぎました.
▲旅客322列車,C58 110.板野−阿波大宮.
続いては下りSL一番列車,321列車です.こちらは讃岐相生の方から登ってきますから,例のトンネルの出口へ急ぎます.機材を持って早朝から見知らぬ男が走り回っているのですから,地元の人は変に思っていたのじゃないかなぁ.
▲旅客321列車,C58 121.讃岐相生−阿波大宮.
トンネルを出てくるSLは,意外とおとなしい走りでした.トンネル内で煙は多く出せないでしょうからね.次は貨物の上りSL一番列車,382列車です.
▲貨物382列車,C58 333.阿波大宮−讃岐相生.
阿波大宮駅の近くは山が接近し,列車を遠くから撮影するいい場所があまりありません.そこで,一応3本の列車が撮れたので,阿波大宮駅から讃岐相生駅の方へ移動することにしました.讃岐相生は,海岸線から大坂峠に入っていく眺望のよいところが広がっています.阿波大宮8:18発(まだこんなに早い!)の340D列車で讃岐相生に行きました.
ここで,讃岐相生から阿波大宮へ登っていく貨物385列車を撮りましたが,完全にピンボケ.使っていたカメラは一眼レフではなく,コニカS3という距離を勘で合わせて撮影するのものなので,気づかなかったんですね.残念.次のSLは,時刻表によると,貨物384列車と387列車が阿波大宮駅で行き違います.それまで少し時間があったので,徳島駅まで行って食事をしました.わざわざ讃岐相生から徳島まで移動したのは,このころはコンビニという便利なものがなく,早朝4:30に出たりすると,弁当の手配もできなかったのですね.また讃岐相生という田舎の駅では食堂もすぐには見つかりません.時代が違いましたね.
▲まず貨物384列車が阿波大宮駅に入線してくる.C58 155.阿波大宮駅.
▲貨物384列車(C58 155)と387列車(C58 367)の行き違い.阿波大宮駅.
▲387列車(C58 367,左)が阿波大宮駅に入線する.右は384列車.阿波大宮駅.
上の2番目の写真は電柱が邪魔をしていますが,両方のSLを入れようとすると,これしか位置がありませんでした.387列車の機関士がタブレットをタブレット受けに掛けようと構えているのが分かります,右端に写っているらせん状のものがタブレット受けです.このタブレットを左側に停車している384列車の機関士が受け取って,やっと発車が許されます.
駅で387列車を待つ間,先に到着している384列車の機関士さんが話しかけてくれました.この時代,SLを追って四国にやってくる人は珍しいのでしょうか.下の5枚の出発写真,もくもくと煙を上げていますが,これこの機関士さんのサービス?のようでした.そして横を通り過ぎるとき,「どうだった」という感じで手を振ってくれました.今では線路横で写真を撮るのは危険行為ということで警察沙汰にもなりかねない時代ですが,本当にこの時代はのどかでした.線路横は住民の通路でもあるという感覚だったのでしょうね.なお肖像権があると思うので,機関士さんの目の部分に少しラインを入れさせていただきました.
▲C58 155が引く384列車の発車.阿波大宮駅.
▲お話をしてくれた機関士さんが,横を通り過ぎるときに手を振ってくれた.384列車.阿波大宮駅.
さて,今日の最後は,板野から登ってくる貨物386列車です.昨日決めていたように,これは遠くが見通せる川沿いの地点で8mmを回すことにしました.午後は山腹に日が当たり,ちょうど順光にもなります.大坂峠の最後に,動画を紹介します.重いテレコも持参して音入りにしています.思えばこの日一日テレコを担いで移動しまくったのだなぁ.今回の撮影旅行では,ここがメインなので,小遣いをはたいて買ったカラーフィルムにしています.見え隠れしながら登ってくるC58 12とそのドラフトの音,懐かしいです.
▲貨物386列車,C58 12,板野−阿波大宮.1969.7.29.
帰りは昨日と同じ358D普通列車.これもまた昨日と同様三本松で上のビデオに収められている386列車を追い越して,高松に戻りました.
明日は色気を出して呉線へC62を見に行くことにしています.四国内は均一周遊券でタダですから,予讃線堀江まで行って,仁掘航路で呉線仁方へ渡ります.大坂峠は,讃岐相生の方がまだ消化不良で,これは呉線から帰ってきてからもう一度行くことにしました.これで内子線のC12を見に行く暇はなくなった感じです.
▲大坂峠を越えて三本松駅で停車している386列車.C28 12.三本松駅.